52歳女性、小学校低学年のとき父親が恐怖でした。

私は50代前半の専業主婦です。窮地に立たされた時など、よく願掛けをしてきましたが、何を差し置いても、一番心に残っている願掛けといえば、今からお伝えします、私が小学校の中学年の時の、マリア様へ、手を合わせ強く強くお願いをしていたことをお話したいと思います。とても辛くて重い内容で、誰にも話せない、これからも周りの誰かに話すことはありません。この場所をお借りして、今だから話せる、ここでしかお話の出来ない事実を書かせていただきます。
マリア様というのは、高さが20センチくらいの白い像で、半分物置となっていた、姉と私が寝ていた部屋に置いてあった像の事です。
当時、父親が酒乱で、外でお酒を飲んで帰って来るのが分かるのが、家に辿り着く100メートル位先から、酒に酔った怒鳴り声が聞こえ来るんです。。その声が段々近づいて来て、帰宅となります。それからが本当に大変で、家の中で大声で「ぶち暴れてやる」とか「「ドス持って来い」とか「コノヤロウー」とか、それはそれは恐怖でしかありませんでした。その上、襖を壊したり、食器を壊したり、テーブルを壊したり、母親が殺されるんじゃないかと、ブルブル震えていました。深夜、恐怖の余り、家から逃げ出したことも度々ありました。お酒が入らないと静か、と言う訳でもなく、気に入らないことがあったり、気に障ることがあったりすると、テーブルをひっくり返して食器と食べ物をぐちゃぐちゃにするは、テレビをひっくり返してブラウン管を壊したり、今でこそ、DVとかハラスメントという言葉が当てはまりますが、当時はひたすら、願をかける事しか、私にできるものはありませんでした。
そこで、マリア様はすごい力を持っているはず。マリア様に助けて欲しくて、すがるようになりました。
手のひらを合わせて、気持ちを強く集中し念じました。「お父さんがお酒を飲んで暴れませんように」「お願いします、お願いします、お願いします」と何十回も念じました。願いが通じたのか、暴れない時は、マリア様に感謝の言葉言いました。
でも、願いが通じない時の方が多く、マリア様の像に願をかけてもかけなくても変わりないことに、ふと気付き、徐々に願掛けはしなくなりました。
父親はといえば、その後、物は壊さなくはなりましたが、私が27歳で家を出るまで、罵声は続き、近所の人とも怒鳴り合いのケンカをしたり、治りませんでした。
私は母親に何度も「出ていこう」と言ったのですが、出てっても、どこまでも追いかけてきて殺される。と言っていました。母親は体が弱くて、気の弱い人で、50代前半に他界しました。私は50代前半の専業主婦です。窮地に立たされた時など、よく願掛けをしてきましたが、何を差し置いても、一番心に残っている願掛けといえば、今からお伝えします、私が小学校の中学年の時の、マリア様へ、手を合わせ強く強くお願いをしていたことをお話したいと思います。とても辛くて重い内容で、誰にも話せない、これからも周りの誰かに話すことはありません。この場所をお借りして、今だから話せる、ここでしかお話の出来ない事実を書かせていただきます。
マリア様というのは、高さが20センチくらいの白い像で、半分物置となっていた、姉と私が寝ていた部屋に置いてあった像の事です。
当時、父親が酒乱で、外でお酒を飲んで帰って来るのが分かるのが、家に辿り着く100メートル先から、酒に酔った怒鳴り声が聞こえてきました。その声が段々近づいて来て、帰宅となります。それからが本当に大変で、家の中で大声で「ぶち暴れてやる」とか「「ドス持って来い」とか「コノヤロウー」とか、それはそれは恐怖でしかありませんでした。その上、襖を壊したり、食器を壊したり、テーブルを壊したり、母親が殺されるんじゃないかと、ブルブル震えていました。深夜、恐怖の余り、家から逃げ出したことも度々ありました。お酒が入らないと静か、と言う訳でもなく、気に入らないことがあったり、気に障ることがあったりすると、テーブルをひっくり返して食器と食べ物をぐちゃぐちゃにするは、テレビをひっくり返してブラウン管を壊したり、今でこそ、DVとかハラスメントという言葉が当てはまりますが、当時はひたすら、願をかける事しか、私にできるものはありませんでした。
そこで、マリア様はすごい力を持っている。マリア様に助けて欲しくて、すがるようになりました。
手のひらを合わせて、気持ちを強く集中し念じました。「お父さんがお酒を飲んで暴れませんように」「お願いします、お願いします、お願いします」と何十回も念じました。願いが通じたのか、暴れない時は、マリア様に感謝の言葉言いました。
でも、願いが通じない時の方が多く、マリア様の像に願をかけてもかけなくても変わりないことに、ふと気付き、徐々に願掛けはしなくなりました。
父親はといえば、その後、物は壊さなくはなりましたが、私が27歳で家を出るまで、罵声は続き、近所の人とも怒鳴り合いのケンカをしたり、治りませんでした。
母親に何度も「出ていこう」と言ったのですが、出てっても、どこまでも追いかけてきて殺される。と言っていました。母親は体が弱くて、気の弱い人で、50代前半に他界しました。
そして、今現在はといえば、父親は極めて元気で、一人暮らしをしています。幼少の頃の体験は心に深い傷を残し、今でも夢の中で、酔っぱらって人様に迷惑をお掛けている夢を見ます。
関係あるか分かりませんが、今現在私は不眠症で精神科に通院中です。
姉は、寝言で父親を死ねと言っていました。
そして、今現在はといえば、父親は極めて元気で、一人暮らしをしています。幼少の頃の体験は心に深い傷を残し、今でも夢の中で、酔っぱらって人様に迷惑を掛けている夢を見ます。
関係あるか分かりませんが、今現在私は不眠症で精神科に通院中です。